何とかなると思い続けた、その先にあった現実
「債務整理」という言葉は、何年も前から頭の片隅にありました。
それでも私は相談に行くことができませんでした。
「恥ずかしい」「情けない」「自己破産なんて絶対に嫌だ」
そんなプライドや恐怖が先に立ち、「まだ何とかなる」「来月になれば…」と自分に言い聞かせながら引き延ばす日々。
でも今振り返れば分かります。
「何とかなる」と思っていた時点で、すでに何ともなっていなかったのです。
お金に追われ、見ない振りをし続けた日々
私の借金の始まりは20代の頃。
元夫の借金を背負ったことでした。
その借金はなんとか完済したものの、生活のために借りた銀行のカードローンは、その後もずっと残ったままでした。
シングルマザーとして子どもを育てる中で、心に決めていたことがあります。
「父親がいない分、やりたいことはできるだけさせてあげたい」
その一心で、がむしゃらに走り続けてきました。
ただ、唯一してあげられなかったことが、下の子の中高の制服です。
お姉ちゃんのお下がりを着せることしかできなかった申し訳なさは、今でも胸が締め付けられるほど残っています。
娘は今でこそ「いい思い出だよ」と笑い話にしてくれますが、当時の私は目の前の生活を回すだけで精一杯。
家計簿も続かず、毎月いくら生活費が必要なのかすら把握していませんでした。
「そのうち、どうにかなるはず」
そんな甘い見通しが、雪だるま式に借金を膨らませていく原因でした。
母の介護、その焦りから掴んでしまった「藁」
追い打ちをかけるように、母が倒れてから生活は一変しました。
光熱費や引き落とし、病院の手続きなど、それまで母が管理していた家計を私が引き継ぐことに。
しかし、通帳の場所も暗証番号も分からず、自分の財布から立て替えて支払う日々が始まりました。
朝4時に起きて仕事へ行き、終わればそのまま母の病院へ向かう毎日。
肉体的な疲労はもちろん、母の病状への不安と、次々迫る支払いのプレッシャーで頭が狂いそうでした。
支払い日が近づくと動悸がする。
給料日が土日に重なり、金曜日に前倒しで振り込まれるときだけ、一瞬ホッと息ができる。
そんな、生きた心地のしない毎日を繰り返していました。
「どうにかして、この状況から抜け出してお金を稼がなきゃ」
そんな極限の焦りから、私は「AI副業のコンサル」に申し込んでしまいました。
「1年後の豊かになった自分を想像してください!」
という甘い言葉を信じ、コンサル費用とパソコン代で、合わせて約60万円を支払ったのです。
結果は1年経っても収益はゼロ。
お金に余裕がないとき、人は冷静な判断力を失ってしまう。
身をもって知った痛烈な教訓でした。

約750万円という現実を突きつけられて
2025年の年末、ついに返済の限界が来ました。
これ以上の借入はできない。
どうやって乗り切ればいいのかと途方に暮れていた時、運よく母の入院給付金が入り、一時的に支払いをつなぐことができました。
でも、それは母の命を守るためのお金です。
これ以上、頼るわけにはいかない。
ここで初めて、私は本気で「自己破産」の文字と向き合うことになりました。
最初に門を叩いたのは、法テラスでした。
紹介された弁護士さんにすべての借入先を整理してもらい、告げられた借金の総額は――「約750万円」。
「えっ、そんなにあるんですか?」
思わず聞き返しました。
自分の耳が信じられませんでした。
でも、頭の中で一つひとつパズルを合わせるように思い返していくと、その金額になって当然だったのです。
何より怖かったのは、750万円という数字そのものよりも、「そこまで膨らむまで、自分自身が現実を1ミリも見ていなかった」という現実でした。
借入額さえ正確に把握していなかった私は、借金から逃げていたのではありません。
「現実」から必死に逃げていただけだったのです。
53歳、現金管理で見えてきた「お金の重み」
「もっと早く自己破産すればよかった」
ネットや本で何度も目にしてきたこの言葉を、以前は冷ややかに見ていました。
でも今、実際に自己破産の手続きを進める中で、その言葉の重みが痛いほど分かります。
現在、自己破産の手続きの関係で、クレジットカードはすべて解約、給料も手渡しで受け取っています。
最初は「カードが使えないなんて生きていけない」と恐怖すら覚えました。
それだけ自分が「カード依存症」になっていた証拠です。
現金管理なんて自分にできるわけない。
そう怯えていましたが、封筒に入った現金を直接手渡された時、思いのほか新鮮な感覚が込み上げてきました。
今までは給料日が来ても、「どうせ右から左へ消えていくだけ」と、嬉しいなんて思ったことはありませんでした。
でも今は、封筒を受け取ると「今月も私、本当によく頑張ったな」と、お金のありがたみを心から実感できるようになりました。
53歳になって、ようやく知ったお金の重み。
遅すぎます。
それでも、気づけて本当によかった。
今は、お給料は封筒ごとに仕分け、毎日お弁当を作っています。
ネットショッピングをする時も、「本当に今必要?」と一度立ち止まって考えるようになりました。
以前は気にも留めなかった110円のATM手数料を「もったいない」と感じるようになりました。
スバルの車が好きで、大切に乗っていた車も手続きの中で引き取られてしまいました。
大好きだった相棒を失った喪失感はありましたが、今は母の軽自動車に乗りながら「これで十分、いや、これがいいんだ」と心から思えています。
自己破産の手続きはまだ途中です。
先のことを考えて不安で眠れなくなる日もあります。
それでも、「何とかなる」と現実から目を背けて怯えていた頃より、今のほうがずっと前を向いて地に足をつけて暮らせています。

あなたは、一人で抱え込まないでほしい
私は、誰にでも自己破産を勧めたいわけではありません。
ただ一つ伝えたいのは、「一人で抱え込まないでほしい」ということです。
もし今、お金のことで夜も眠れない日々を過ごしているなら、まずは勇気を出して、借入先とだいたいの金額を書き出してみてください。
現実を見るのは、血の気が引くほど怖いです。
私も手が震えました。
でも、その恐怖の一歩が、人生をガラリと変えるきっかけになります。
法テラスや弁護士といった専門家に頼ることは、決して「逃げ」でも「人生の終わり」でもありません。
あなたが笑顔を取り戻し、人生を立て直すための「正当なスタートライン」です。
53歳で気づくなんて遅すぎる――以前の私なら自分を責めたでしょう。
でも今は違います。
気づけた今日が、私の人生の中で一番若い日です。
私のこの痛々しい経験が、今苦しんでいる誰かの「相談してみようかな」という、小さな一歩のきっかけになればこれほど嬉しいことはありません。
私が法テラスへ相談してから弁護士事務所へ行き、自己破産手続きを進めるまでの流れをお話しします。


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